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          吊るし切り
                              
 ホテルで吊るし切りのショーがあるという。 12月中旬に茨城県大洗(おおあらい)の海辺の ホテルに泊まったときのことである。 このホテルでは冬場の料理として鮟鱇(あんこう) 鍋を売り物にしている。その鮟鱇を解体するとき は高く吊り上げた状態で包丁を入れるので、鮟鱇 の吊るし切りと呼んでいる。 鮟鱇は、季節によって異なるが、100〜200メートルの深海の底に住んで いる。体全体がぶよぶよなので、まな板の上での調理がしにくいため、吊り下 げて加工する方法が考え出されたそうである。  ショーはホテルのロビーで行われた。 50人近い宿泊客が椅子に座ったり、立ってカメラを持ったりして待ち構えた。 宿泊客はほとんどが年配の人で、夫婦連れが多く、鮟鱇の親戚のようにふくよ かなご婦人も少なくなかった。 anglerfish s051.jpg 2メートルほどの3本の材木を三角に立てて上で 結び、結び目の所から大きな釣り針が下げられて いた。その針に鮟鱇の大きな口が架けられ、ぐに ゃりとした黒い体が吊り下げられた。風船が少し しぼんだような形で内臓が尻尾の付近にまで垂れ 下がった。白い服に身を包んだホテルのシェフが、 慣れた様子で説明をしながら包丁を握った。この シェフはずんぐりとした鮟鱇とは対照的に、秋刀 魚のように細身で身のこなしが軽かった。  鮟鱇は7つ道具と呼ばれる7つの部位に解体される。 まず、ひれが切り落とされた。次に皮が一気に剥がされた。さらに、えら、き も、水袋、ぬの、だいみと順次切り落とされ、骨だけになった。シェフは包丁 をさばきながら部位毎に巧みな説明を加えたが、15分足らずで解体は終わっ た。このショーでは鮟鱇の重量当てクイズがあり、この日の鮟鱇は17.2キ ログラムだった。最近は大きな鮟鱇が獲れにくくなってきたという。  シェフの話はおぞましいものだった。  ・鮟鱇は、獲物が近づいてくるのを待っている。  ・近づいた魚や蟹などを大きな口で丸呑みする。  ・大きな口には歯が内側に向かってついており、丸呑みした獲物が逃げられ   ないようになっている。  ・それどころか、胃袋の入り口にも同様の歯をつけている。  ・深海に住み、あまり移動しないので体はぶよぶよになっている。  ・人間が食用にしている大きな鮟鱇は雌(メス)である。  ・雄(オス)はとても小さく、味が悪いので網にかかっても捨てられる。  ・雌は用済み後の雄(オス)を丸呑みにしてしまう。  雌が雄を丸呑みするというくだりで見物客がどよめいた。 互いに何か共鳴するものがあるのにちがいない。ぶよぶよに太った女が男を丸 呑みにしている世界は、鮟鱇だけではないのかも知れないのだ。 あの細身の小柄なシェフはどんな気持ちでさばいているのだろう。 もしかしたら、吊るし切りは男のストレス解消策として編み出されたものでは ないのだろうか。                        (2004/12/23) ------------------------------------------------------------------
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